『静岡茶』その魅力と歴史について


数ある日本茶の産地の中でも、静岡県は生葉の生産量が全国1位と日本でも有数の御茶所として有名です。目の前に広がる茶畑は壮観でいて、どこか懐かしさを感じるほどに長閑な光景が広がっています。そんな静岡県ですが、日本茶との歴史は深く興味深いものがあります。今回は静岡茶に注目しそのルーツに迫ってみたいと思います。

日本とお茶の関係


日本茶の歴史は古く、お茶が日本にやってきたのは平安時代と言われています。唐へ渡った僧侶たちが日本へ戻る際に持ち帰ったお茶が史実では、最も古いといわれています。鎌倉時代になると、栄西禅師が同じように持ち帰ったとされていますが、その際には喫茶養生記を表して茶を喫する事の効能を一緒に伝えたため、広く関心が高まりました。

静岡に伝来したのは、聖一国師ですが、僧侶としても栄誉ある国師の号を日本で最も初めに与えられた僧侶と同一人物です。彼が宋から持ち帰ったものの中に茶の実がありました。晩年、故郷である駿河国に帰り、その茶の実を彼の故郷に近い足久保市の土地に植え、栽培したことが始めだといわれています。彼が開いた医王山回春院の名前は、不老不死の効能をもつとされ広まりました。聖一国師の新暦の誕生日である11月1日は、静岡市のお茶の日に制定され今もなお普及活動が盛んに行われています。

現在のように茶葉にお湯を注ぎ入れて飲む、煎茶の原型が出来上がったのは江戸時代のことで、静岡茶もまた銘茶として認知されるようになりました。明治時代になると、輸出も増加し生産量も増えてきたため、機械での加工技術も発展していきました。徳川の藩士や川越の人足らによって牧之原に広大な茶園が営まれ茶産業を躍進させました。このころ新種として杉山彦三郎に発見されたのがやぶきたと呼ばれる品種です。日本において、品種改良の先駆けとなったのがこのやぶきたになります。現在の日本の三大茶として、宇治茶、静岡茶、狭山茶は有名ですが、そのうちでも静岡茶は日本国内において生産量は一番多いものとなっています。

静岡茶の特徴と魅力


日本の三大茶の一つであり最も多い生産量を誇る静岡茶は、同じ県内でも、産地ごとにブランドとして独立した魅力を各々が確立しているという点が特徴的です。それぞれに味が異なり、強い個性を放っているからこそ確立されています。同じ静岡であっても、山間地は寒暖差が激しく、山麓は雪が多く積もります。沿岸部になると、温暖な気候が穏やかに流れます。こうした個性的な風土がお茶の栽培や生産、加工過程でも特色として現れます。

本山地区で生産される本山茶は、栽培条件が良く緑色の鮮やかさが特徴で、細撚り、新鮮な香りと口当たりの良さが特徴です。天竜川の流域で生産が行われてる天竜茶も高級茶の一つとして有名です。透き通った色味と、軽やかでほのかな甘みと新鮮な香りが特徴です。細撚りでややくすんだ黒味を帯びた緑色をしています。この時代までは京都を中心に地方に文化が広まっていきましたが、明治維新時代に徳川藩士が開墾した牧之原大地によって、静岡は日本でも髄一の生産地に成長していきました。牧之原周辺のものの特徴としては、味の濃いものの栽培を目指し、深蒸し煎茶の製法が仕上がりました。

静岡といえば深蒸し煎茶といっていいほど、時間を経て蒸される茶葉の繊細な味わいが、健康的でおいしいと評判になりました。深蒸し茶には煎茶はもちろんのこと、くき茶や芽茶といった種類も豊富で、風味やまろやかさ、栄養成分などにもそれぞれ特徴を持っており、好みなども踏まえて様々なものを試してみると良いでしょう。

茶の湯文化について


お茶の知識にまつわる書物が唐から日本に持ち込まれたのは茶経が初めですが、この書物には、育て方や収穫について、お茶のたて方や飲み方など歴史的な内容が細かく記されていました。空海や最澄が中国から実際に持ち帰ってもあまり発展しなかったものの、お茶を飲むという習慣は平安時代には貴族や僧侶の間では親しまれていました。必要な量を煎じて飲み、薬として扱われていたと言われています。この親しまれ方が変わったのは室町時代、お茶の銘柄を当てる賭け事である闘茶が流行りだしたり、中国の茶器が高価なもととしてコレクションされるようになったりしたことで、お茶の文化が賑やかなものへと変わっていきます。

その一方で、足利義政の師匠に当たる村田珠光は、茶会での賭け事や飲酒を禁止し、精神的な交流の場としての茶会を説きました。この精神がわび茶の源流といわれています。わび茶はその後、安土桃山時代に武野紹鴎と弟子の千利休によって確立します。利休によってわび茶の文化は武士の間でも広まりを見せます。現代武家茶道、大名茶などと呼ばれるものの源流はこの系譜をたどります。その後江戸時代初期までに茶の湯の人口は大名や一部の豪商が中心であったものの、中期に入ることで町の庶民の間にも浸透していきます。この大衆化が本来のわびさびに根付いた文化が軽薄になっていき、遊芸の一部として認識され茶の湯も変容していきます。茶の湯の文化そのものが、大衆に馴染みやすいものとはいいがたいものがあったため、茶人というのは変人の隠語という説もあるくらいです。

さて、普段はあまり馴染みないお茶の歴史について今回はお話させていただきました。お茶の里城南では、今回ご紹介させていただきました静岡のお茶を幅広く取り揃えています。たまにはお茶の歴史について、思いにふけながら楽しんでみるのも一興ではないでしょうか。

お茶の里城南のある静岡県掛川市は、産地賞に何度も受賞している深蒸し茶の名産地。
特産の深蒸し茶は、おもてなし向きから日常使い、業務用までご利用用途に合わせたさまざまな深蒸し茶を取り扱っています。是非この機会にご賞味ください。

お茶の里城南